Jorg Hysekは業界で最も有名かつ最も成功した時計デザイナーの一人です。 彼は1953年5月14日にベルリン(東)で生まれましたが、1960年、ベルリンの壁の建設直前に両親と一緒にジュネーブに移転しました。


1.  あなたの両親は何をしていましたか?どのようなの幼年期を過ごしたのか教えてください。

私の父は、金細工職人でした。私たちの家庭は創造性が遍在している家庭だったと思いますが、それは父のおかげです。そんな中私は成長し、私にとって子供時代は無邪気で楽しめました。

 

2. 子供の頃なにか大きな志しを持っていましたか?何になりたかったのですか?

私の最初の野心は「自由」でした。今でも同じ志を持っています。

 

3. 子供の頃の最初の記憶は何ですか?

「魅力的な助産師」です。

 

4. あなたは今まで別の職業を経験したことがありますか?何をしましたか?

数多くあります。全て違っていて、最も美しい仕事はストリートペインターでした。

 

5. なぜデザイナーになることを選択したのですか?過去あなたは誰かの為に働きましたか?何があなたに独立し一人立ちすることを決めさせたのですか?

私はイタリアの彫刻家として研究を続けようとしていましたが、資金不足でそのプランは断念せざるを得ませんでした。ラッキーにも、私はロレックスでデザイナーとして雇われました。

 

私は本当にこの仕事が好きです! この仕事は私の人生と私の情熱になりました。

 

6.  あなたがしなければならなかった最悪の仕事は何でしたか?

仕事が無いことが一番最悪です。

 

7.  これまであなたの人生で一番辛い瞬間は何でしたか?どうやってそれを乗り越えましたか?

私はまだその「辛い瞬間」を勇気持って待っています。

 

8.  あなたに最も強い影響を与えたのは誰ですか?あなたにインスピレーションを与える人は誰ですか?

私たちにインスピレーションが来て、それをつかまえれば十分です。私はいつも、海からインスピレーションを受けていると思います。

 

9.あなたは何を最も誇りに思っていますか?

時計製作のパイオニアとなれたことです。最も最近の製作例だと2011年に発売された「Slyde」時計を誇りに思っています。

 

10. あなたと同様の道を歩むことを考えている20代の方ににあなたはどのようなアドバイスを与えますか?

私のアドバイスは、努力と忍耐を続ける事。そして成功のためにはリスクも取らないといけない。

 

11. バケットリスト(死ぬまでにやっておきたいことのリスト)にある3つのことを教えてください。 

今の私のバケットリストの最初の項目はは「Time Art」です。このコンセプトはBaselworld 2018で発表されます。

 

12. 業界の10年後はどのようになってると思いますか?

腕時計業界のな方向転換は避けられません。

 

時間のデジタル化は明白です。ですが私はスイス時計業界自体が「ラグジュアリー」と他のカテゴリーを区別する方法をわかっていると確信しています。